IT起業した凡人経営者の備忘録

地方のFラン私大を卒業後、スピーディに変化する業界に振り回されながら細々と会社経営してます。

人並みに読み進める論語

たびたびご無沙汰しています。

 

おかげさまで人間並みの暮らしができるようになりました。

最近、自分の約30年間を振り返ったのですが、25歳くらいまではいわゆるストリートで生きていたと思います。

どんな仕事をしていたか、ご存じの方もいるかもしれません。

やっと人間並みです。

 

ただ、今年30歳になるので、自戒の意味も込めて現代語訳版の論語を読み始めました。

経営者の端くれならもっと早く読むべきだったでしょうか。

いまいち経営哲学への理解がないまま今日に至ります。

 

さて、読み始めた感想ですがこれはすごい。

 

基本的には学びは素晴らしいとした上で、きちんと実践の大切さも説いていました。

頭でっかちではない。

 

第一章(学而第一)では、

「若いうちは、家庭では親孝行をして外では目上の人に奉仕し、軽率なことはせずに約束を守りなさい。多くの人と懇意にし、特に誠実な人格者と付き合うとよい。その上で余力を使って教養に励みなさい。」

「学歴よりも実践こそが学びの結果だ。」

「人の評価に気にせず励め。むしろ、相手の長所に気付けるか、正しく評価ができているかを大切にしなさい。」

など、さまざまな金言がありました。

「そうか、偉い人たちは孔子に学んでいるのだな」とあらためて感じた次第です。

 

現在までに里仁第四まで読みましたが、

ここまで「大いに学べ、自分で考えろ、実践せよ、先人は敬え、後進にも謙虚にしろ、誠意を持て」としか、基本的には言ってません。

でも、読みながら、「他に何が必要なのか」とも感じました。

人生は精神力の研磨がすべてだと思うし、本質的に人は変わらないのかもしれない。

 

実るほど頭を垂れる稲穂かなとはよく言ったものだと思います。

学べば学ぶほど自分の浅はかさを感じます。

 

振り返ると不勉強で成功していた頃は、よくも悪くもギラついていたかもしれません。

危ない橋を渡りながら何とか生き残ってきました。

当時は、そこに対して自信のような、慢心のようなものも持っていたと思います。

ただ、最近はたかだか一瞬(半年や1年)儲かったくらいで何が成功なのかと考えるようになりました。

 

精神の研磨とは。

相手の責任を言及するとき、まずは自分の責任を厳しく課すことができてこそです。

ただ、果たして自分が完璧じゃなければ言う権限がないのか。

 

 

言わない易しさは言う優しさより気楽です。

無理なこと、認められないことは、厳しく言わなければならない。

その精神力を身につけたいと思います。

 

人間なので楽したい、お金儲けしたい、惰眠をむさぼりたいなどの欲はあります。

精神は常に研磨したいです。

おやすみなさい。