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静岡で起業した29歳の生活

静岡に住む若手起業家・ライターの行動、考えていることをつづる備忘録です。

起業家になるまでの思い出を書いてみました

自己紹介

安藤悟です。先日、「私と文章」というエピソードを書きました。でも、周囲から見た私のイメージというと、ライターよりも社長のほうが近いかもしれません。今回も堅く、ややもすると重たいテーマになってしまいますが、「私と起業」について書きたいと思います。

 

起業を志したきっかけ

先日もお話しましたが、我が家は母子家庭でした。小学生当時、母は700円にも満たない時給のコンビニ店員だったのでゲームや漫画を満足に買ってもらえずに過ごしたことを覚えています。時々買ってもらえるゲームはたいていワゴンセールで売っているような中古ソフトでした。じつは、価格が安いゲームを買っていたことが起業を志したきっかけです。

 

子供から人気があるゲームソフトというと、『ファイナルファンタジー』や『ドラゴンクエスト』などの王道RPGではないでしょうか。でも、私が買い与えられていたのは『ザ・コンビニ』や『ダービースタリオン』などの経営・育成シミュレーション。マニアックな大人以外からは人気が高いと言えない作品です。そのため、1,000円とか2,000円くらいの破格でソフトを買うことができました。

 

私自身、シミュレーションゲームは嫌いではありませんでした。

 

むしろ、プレイするたびに、「社長になったらお金がたくさん手に入るんだな」と想像しながら楽しんでいた記憶があります。

 

当時は見当もつかないような夢でした。でも、お金が入るかどうかはともかくとして、社長になるだけなら簡単だということを15年後に学びます。

ビジネスに関心を持った中学時代

我が家にお金がないことは中学時代の私にも影響を与えました。相変わらずゲームは頻繁に購入できなかったのですが、ひたすら『実況パワフルプロ野球9』をプレイする日々が続いていたような記憶があります。

 

もうひとつハマったものがありました。それが読書です。中学生の私は筒井康隆作品と一部のライトノベル、そしてPHP文庫から出ている実用書にのめりこんでいました。PHP文庫を選んだ理由は消去法ですが、「マンガより楽しめる時間が長く、小説のように想像力を必要しない」そんな本を選んでいたからです。

 

たとえば、ブックオフに行くと、人気マンガは200~300円で売られています。でも、15~20分しか楽しめません。一方、PHP文庫の書籍は100円で2時間くらい楽しむことができます。時給という発想はありませんでしたが、安上がりな方法を選んだ結果です。今にして思うと効率的で、かわいげがない気がします。

 

「人と違うことを考え方をしなさい」「成功するイメージを強く持ちなさい」など、良くも悪くも、PHP文庫の書籍は私の人格形成に大きな影響を与えたと思います。

 

セブンイレブンで地域No.1になった高校時代

高校生になると、私はすぐにアルバイトを始めました。好きな仕事を見つけるために転々としていましたが、引越しの作業員や家庭教師のテレフォンアポインター、ラーメン屋、コンビニ店員など、高校時代だけでいろいろ働いたと思います。その中で一番ハマったのがコンビニ店員(セブンイレブン)です。

 

私が働いていたセブンイレブンは直営店だったこともあったからか、「最低限、店舗の予約ノルマを達成しよう」という店長・副店長の思惑がありました。でも、アルバイトの従業員には強要できず、大半のアルバイトの士気も低かったです。私はビジネス思考が根付いていたこともあってか、ひたすらクリスマスケーキや恵方巻きの予約を獲得し続けていました。

 

方法は簡単です。私は週4日、時間にすると30時間くらい働いていたので、顔なじみのお客さんが増えます。彼らに対して「クリスマスシーズンですけど、ケーキのアテってありますか?」と尋ね、予約を獲得していただけです。恵方巻きは目新しさがあったので、「恵方巻きって知ってます?」と話すだけで予約が取れていたような気がします。

 

恵方巻きは70本くらいに予約してもらえたので、私は地元エリアのセブンイレブンで予約No.1になりました。ちなみに、セブンイレブンではエリアごとに新聞を発行しているのですが、私が予約No.1という話を取り上げてもらえました。

 

高校時代は怖いもの知らずでお客さんに声をかけていたので、いま思うと当時のほうがコミュニケーション能力が高かったのかもしれません。

 

サラリーマンでも仕事を楽しむべきと感じた社会人時代

社会人生活が始まってからも起業への憧れは変わりませんでした。いえ、サラリーマン生活の飲み会や定時出勤はきらいだったので、早く起業したいという想いは増す一方だったかもしれません。

 

幸か不幸か何度目かの就職で静岡県内の中堅企業に拾われた私は、倉庫作業員としてほかの社員とは違った裁量を与えられました。バラバラだった倉庫作業員たちの休憩時間を作り、効率的な荷受やピッキングのシステムを考えているうちに、「勝手に早朝出勤したり、少し長く休憩したりしても許される人」というポジションになったのです。

 

自慢話のように感じるかもしれません。でも、単に気分屋で、自分が思った形に会社をコントロールしたいだけなのです。結果的に会社経営者になったから言えることですが、これくらいのバイタリティがなければ成功できないと思っています。

 

「会社を作る」「会社を変える」くらいの熱意が無いと、仕事は楽しめないです。でも、仕事を楽しめるようになった瞬間、目に見えるすべてがポジティブで、楽しいものに変わります。それは、社長でもサラリーマンでも同じです。

 

社会人人生のうち、一番裁量を与えてくれたこの会社は、一番高いモチベーションで働いていました。当たり前ですが、楽しいほうが仕事も続き、業務を改善するためのアイディアやよりよい仕事をするための発見も増えていきます。

 

もっとも、この会社で働いていた期間は1年程度なので、とっくにライター生活(2016年8月時点で4年半)のほうが長いです。

 

株式会社エストリンクスの記事作成事業は、インバウンドマーケティングというか、BtoBなのでSEO対策を十分にした結果、一定の成功ができたと思います。でも、これから始まるmitecoは未経験のことばかりです。初めての楽しさと不安が詰まっていますが、どんな発見やアイディアが待っているのでしょうか。

 

地元に根を張って、愛されるメディアを作るのは簡単ではないはずです。でも、起業した当時の初心を忘れず、ガムシャラに、勉強しながら頑張れば、成功できるのではないかと信じてライター活動をしようと思います。